ヒエロン2世とマメルティニの戦いは、紀元前269年から始まる。
もともとヒエロン2世は、元の主君であったエピロス王ピュロスに従い、シチリア島へ侵攻した将軍であった。
ピュロス王は紀元前279年、イタリア半島にて繰り広げていた共和制ローマとの半島南部における勢力争いを行っていたが、限界を迎えつつあった。結果、戦争には勝利するものの、エピロスから付き従っていた親しい配下の多くを亡くし、撤退を決意したタイミングで同じマグナ・グラエキアを構成するシラクサからの救援要請を受ける。
このとき、シラクサはカルタゴの襲撃を受けており、同族のエピロス王ピュロスに救援を求めたのだが、ピュロス王の消えかけていた野心という名の炎に再び枯れた材木を投じるかの如く、新たな侵略候補を与えただけであった。
エピロス王ピュロスは、その軍勢を共和制ローマから転じて海を渡る。野心の王は、シラクサを攻囲していたカルタゴ軍に対して襲い掛かり一蹴すると、その勢いのままシチリア北西の都市マルサーラを除くカルタゴ支配地域を1年で制圧し、カルタゴ側に属していた諸都市をすべて離反させることに成功した。
シラクサからの依頼を発端としてシチリアからカルタゴ勢力を駆逐したピュロス王は、その野心を露にしてシチリア王を自称し、カルタゴとの終戦協定に乗り出したのだが、ここで躓くことになる。
その驕慢さが、シラクサに居住するギリシヤ人達に専横的な振る舞いとして非難され、シチリアからの退去を求める暴動を起こすこととなった。野望の王は、シチリアの統治の可能性を見失ったのだ。
シラクサ市民の要求に応じて、失意のうちに帰国する事となった彼の前に、今まで共に戦ってきた将軍の一人、ヒエロンが現れる。
「我が主よ。今ここに王の御前から離脱する事をお許し願いたい」
「なぜだ、ヒエロン。共に戦い、そして生き長らえたというのに」
「シラクサの市民が怯えております。彼らには、我が主が去った後に訪れるであろうカルタゴの再侵攻から身を守る術がありませぬ」
「そうか。それがお主の本心とは思えぬが、それもよかろう。許す」
紀元前275年、野心に身を焦がした王ピュロスはシチリアから去り、そしてヒエロンはシラクサの将軍として残った。
ヒエロンがシラクサに残った答えは、彼自身の野心もあるには違いなかったが、本質は別にあった。
シラクサの有力市民の娘と恋に落ちていたヒエロンは、その恋心を娘の父に利用されたのだ。ピュロス王退去後のシラクサを守るため、娘の父は市民と語らってヒエロンを引き止めた。
ヒエロンは長年の主ピュロス王と袂を分かち、シラクサの将軍として娘を娶り、その地盤を固めた。
■ 用語
・ 共和制ローマとピュロス王の戦い
イタリア半島南部のマグナ・グラエキアを構成する都市国家ターラントの
ローマからの干渉に対する反発から、エピロス王ピュロスに支援を要請
した事に端を発する一連の戦争。紀元前282年から275年の間続いた。
終始戦闘はピュロス王が優勢であったが犠牲も多く、後に割に合わない
勝利を「ピュロスの勝利」と呼ぶ。
・ シラクサ
シチリア島南東部に位置する都市国家。
・ カルタゴ
地中海の覇者として、広大な通商路を開拓し、そこを通って富や人が
行き来する海運国家。カルタゴは商業の中心地でもあった。
■ 登場人物
・ ヒエロン2世
シラクサの僭主。もともとはシチリアを侵略しにきたマケドニア王ピュロス
の将軍であったが、ピュロス王のシチリア退去時にシラクサ市民から
請われ、ピュロス王の了承のもとでシラクサに残留した。
後にシラクサの有力者の娘を娶り、その勢力地盤を固め、市民の
承認を得て僭主となった。
・ ピュロス王
エピロス王。アレクサンドロス大王の戦術の後継者として評価され、
戦術のみならず、彼の大帝国を継承するべく野望を持って戦争を
繰り返した。
イタリア半島での共和制ローマとの戦い、シチリア島でのカルタゴとの
戦いには勝利するも実益が得られなかったが、その後のマケドニアとの
戦いではマケドニア王アンティゴノス2世を追放し、マケドニア王を名乗る。
しかし・・・。
第1章:シチリア騒乱 第8話
Author: 遼進 /第1章:シチリア騒乱 第7話
Author: 遼進 / シチリア島。
古代地中海世界におけるこの島は、マグナ・グラエキアを構成するギリシア系植民都市国家郡が古くから形成され、穏やかな気候により育まれる豊かな農作物と海上交易の中継点としてだけでなく、ギリシア文化がいち早く花開いた地域でもある。
それゆえに、各諸勢力に狙われた地域でもある。
地中海を我が海として闊歩する海洋貿易国家カルタゴも、シチリア島への影響力拡大を狙って何度も争ってきた。
紀元前265年、シチリア島南東に位置する都市国家シラクサの僭主ヒエロン2世は、長年の間悩まされていた事案に値する決断を下す。それは、ヒエロン2世の思惑を超えてシラクサの命運だけでなく、シリチア島すべての都市国家を生贄として、より大きな争いを呼び込む事となる。
シチリア島への野心を隠さず、強大な海軍力を持って地中海を席捲するフェニキア人の大国カルタゴと、イタリア半島を制覇し、強大化しつつあるラテン人の共和制ローマ。この二国の激突は、今や目前に迫っていた。
シラクサの僭主ヒエロン2世は、議会場に呼び集めた廷臣達を前に宣言した。
「マメルティニの奴らの略奪行為は、もう看過することが出来ない。一戦して追い払うだけではなく、メッシーナを奪うぞ」
傭兵団マメルティニ。
彼らはイタリア半島のカンパニア人達で結成された傭兵団であった。もともとシラクサの前領主であったアガトクレスに雇われていたのだが、紀元前289年にアガトクレスが病没すると、時のシラクサ政府により解雇されていた。
シラクサの尖兵として己が血を流してきたマメルティニの傭兵たちは、シラクサ政府の扱いに激怒した。シラクサから退去させられたマメルティニは、シラクサ近郊を略奪しながらシチリア北東部へ移動し、都市メッシーナを襲撃する。
怒り狂った傭兵団マメルティニによるメッシーナ襲撃は、悲惨の一言であった。
傭兵たちはメッシーナを包囲して降伏させた後、恭順を示しに現れたメッシーナの有力議員らに宣言する。
「成人した男をすべて集めよ」
程なくして都市の郊外に集められた男たちは、二度と愛する家族や恋人の下に帰ってこなかった。すべて傭兵たちによって惨殺されたのだった。
しかし、これは悲劇という名の舞台の幕を開ける角笛が鳴らされたに過ぎなかった。血に狂った傭兵たちは、そのままメッシーナ市街に乱入し、欲の欲するままに蹂躙する。
かくして都市メッシーナは傭兵団マメルティニによって武力制圧された。以後、周辺地域はマメルティニの手によって有らされる事となった。シラクサ政府によって裏切られた彼らの報復は、ここから始まったのだ。
■ 用語
・ 傭兵団マメルティニ
イタリア半島のカンパニア人によって結成された傭兵団。シラクサの
前僭主アガトクレスによって雇用されたが、彼の病死後にシラクサ政
府によって解雇された。
・ シラクサ
シチリア島南東部に位置する都市国家。
・ 僭主
本来の皇統、王統の血筋によらず、実力により君主の座を簒奪し、
身分を超えて君主となる者を指す。
■ 登場人物
・ ヒエロン2世
シラクサの僭主。もともとはシチリアを侵略しにきたマケドニア王
ピュロスの将軍であったが、ピュロス王のシチリア退去時にシラクサ
市民から請われ、ピュロス王の了承のもとでシラクサに残留した。
後にシラクサの有力者の娘を娶り、その勢力地盤を固め、市民の
承認を得て僭主となった。
・ アガトクレス
都市国家シラクサの前領主。紀元前289年の病床において、息子への
後継を拒否したため、彼の死後に後継者争いが発生した。
その隙は、シチリア島への野心を持つカルタゴに利用され、シチリア島
に対するカルタゴの支配力を強めてしまった。