双子のお茶会《第2回:古代文明紹介編1》

Author: 遼進 /


 弟 :レムスとぉ~
 兄 :ロムルスの!
 双子:双子のお茶会のコ~ナ~
 ??:いぇ~い!
 弟 :おまえ誰!?
 セクストゥス:いゃ~、始めましてご先祖さま。最後の王の息子で~す
 弟 :うわぁ、王政滅亡のきっかけじゃないか! どの面下げてきやがった(怒)
 セクストゥス:えぇ~、僕のせいじゃないよ。親父の問題だよ
 弟 :お前が人妻に手を出したからだよっ!
 セクストゥス:ルクレーティアは最高だったよ。彼女の清楚で凛とした涼やかさを

    目にしたら、手を出さない訳には
 兄 :こいつはいわゆる「駄目な男」だ。説教しても意味はない
 弟 :そうだね、兄さん。それに報いは受けているしね。こいつには触れずに

    話を進めようか
 セクストゥス:ひどいっ


†同時代の国家について
 兄 :さて、王政ローマは本編の通り、紀元前509年に滅びた
 弟 :滅びたといっても、政体が変わっただけだから、都市国家ローマは

    健在だよね
 兄 :そうだな。俺たちの国家は駄目になりかけたが、市民集会と元老院が

    機能していたお陰で立ち直ることができた
 セクストゥス:建国王さまが余計な仕組みを作るから・・・
 兄 :(無視)さてこの時代、他の地域では、どのような国家があったか

    知っているか?
 弟 :有名な処だと、オリエントでアケメネス朝ペルシアが成立した時代だよね
 セクストゥス:「オリエント」って?
 弟 :しかたないな。この時代のオリエントといえば、大まかにはギリシアより

    東の地域のことだよ。メソポタミア、ペルシアそれにエジプトも含まれるよ
 兄 :話をもどすと、キュロス2世がメディア王国を滅ぼしてペルシアが成立

    したのが550年とされる。広大な地域を傘下に治めていたが、紀元前
    330年には滅亡する
 セクストゥス:へぇ、何で?
 弟 :マケドニアのアレクサンドロスに征服されたんだよっ!
 セクストゥス:そいつ、誰?
 弟 :うわっ、大英雄を知らないのか・・・彼はマケドニアからギリシア地域の

    覇権を握ってオリエントを制覇した男だよ
 兄 :かまうな。また東アジアでは、周が紀元前770年頃に弱体化し、

    春秋戦国時代に突入しているな
 弟 :秦の始皇帝によって統一されるのが、紀元前221年だね
 兄 :なお、極東には小さな島国があるが、「縄文」と呼ばれる時代で、詳細な

    記録は文字が無いため残されてない。およそ紀元前300年頃まで続く
    そうだ
 セクストゥス:うわっ、ダサっ
 弟 :(無視)それにしても、アレクサンドロスの目がオリエントを向いていたから

    良かったけど、西方(オチデント)を向いていたらローマはどうなっていた
    かな
 セクストゥス:そんな奴、俺と親父で追い返していたさ!
 兄 :そもそも時代があっていないから無理だろう。歴史に「もしも」を

    考えるのは無駄な話だとは思うが、もしマケドニアがローマを襲った
    としたら、一息に飲み込まれていただろうな
 弟 :国家の規模もそうだけど、彼に比類する英雄はまだいないですしね
 兄 :そうだ。だがアレクサンドロスの死後、ローマにも彼に匹敵する英雄が

    誕生する
 セクストゥス:へぇ、誰だい?
 兄 :それが、この物語のメインストーリでもある。まだ暫くは登場しないが、

    その英雄とライバル二人の戦いは、アレクサンドロスの事績に匹敵
    するだろう
 弟 :それは楽しみだね、兄さん。・・・しかし、この作者はそこまで書き続け

    られるのかな?
 兄 :それは・・・(絶句)
 弟 :ああっ、ごめん兄さん。そこは信じて待つことにしようか。読者の

    皆さんも、気を長くして待っていてね
 兄 :私からもお願いする。それでは今後も宜しくお願いしたい

 セクストゥス:じゃあね~
 弟 :・・・おまえ、何しに来たんだよ(嘆息)


第1章:シチリア騒乱 第6話

Author: 遼進 /

 共和制ローマを取り巻く周辺地域との確執は、冬の嵐の如く容易には晴れぬ暗雲となってローマ市民の未来に立ちはだかる試練となった。しかし、国家滅亡へ誘う死神の息吹とはならなかった。
 国家にも生命力がある。
 一時的な衰えを見せたとはいえ、死に至る病ともいえた王者の腐敗を自ら切り捨て、新たな政治活力を手にしたローマは、今や若者の如き気力に満ちた瑞々しい活力を持っていたといえるだろう。国の内外に山積された諸問題に対しても、有能な執政官が、賢者の如き元老院が、そしてそれらを支えるローマ市民達が一丸となって乗り越えていくだろうと思わせる力があった。


 そして、戦いが始まる。
 紀元前498年、ローマから追放された傲慢王タルクィニウスがエトルリア人のバックアップを得て、ラテン同盟諸国を率いてローマへと襲い掛かる。
 第一次ラテン戦争と呼ばれるこの戦いは、紀元前496年、ローマ近郊のレギルス湖畔において共和制ローマ軍と傲慢王タルクィニウス率いるラテン諸国の決戦を迎える。
 ラテン諸国軍は緒戦において負傷したタルクィニウス王に変わり、前面に都市国家トゥスクルムの王子であるマミリウスと、傲慢王タルクィニウスの息子、セクストゥスが指揮官となってローマ軍と対峙する。
 一方のローマ側は、国家存亡における緊急時として、一時的に権限が強化された独裁官に任命されたアウルス・ポストゥミウス・アルブスと、その補佐である騎兵長官ティトゥス・アエブティウス・エルウァが迎え撃つ。
 両者の激突は、ローマ側のタルクィニウスへの憎悪によりローマ優勢で推移するものの、マミリウス王子により騎兵長官アエブティウスが胸に傷を負ったことで騎兵部隊が一時統制を失った。
 その期をラテン諸国軍は見逃さない。追放されたローマ人で構成されたタルクィニウス王率いる奇襲部隊が、ローマ軍後方より襲い掛かり、執政官経験のある指揮官を討ち取る事に成功する。後方からの同族による奇襲により、混乱状態に陥ったローマ軍であったが、独裁官ポストゥミウスは近衛の兵と下馬させた騎兵部隊を持ってタルクゥニウスを迎撃し、撃退に成功する。
 激戦の末、ラテン諸国軍は打ち払われた。
 傲慢王タルクィニウスは、落ち延びる事には成功したものの、翌紀元前495年、レギルス湖畔の戦いで追った傷が癒えず逃亡先で亡くなった。
 ラテン諸国との散発的な戦いは以後も続いたが、紀元前493年に停戦を迎える。
 その後も共和制ローマは、エトルリア、サムニウム、そしてラテン諸国との二度三度にわたる戦争が繰り広げられる。そして勝利するたびに、戦争相手の市民をローマ市民へと吸収し拡大し続けていく。結果、イタリア半島のほぼ全域が共和制ローマの統治下に治まることとなった。

 そして時は流れて、紀元前265年。
 共和制ローマは初めて海を越える事になる。
 

■用語
 ・独裁官
  共和政ローマの公職。あらゆる領域に及ぶ強大な権限を有する政務官
  であり、国家の非常事態に1人だけ任命された。独裁者の語源でもある。
  なお、その任期は半年であった。
 ・第一次ラテン戦争
  紀元前498年から493年の間にラテン諸国との間に行われた戦争。
  この勝利によりローマはラテン同盟における支配的な立場を得る。

■登場人物
 ・ ルキウス・タルクィニウス
   傲慢王とあだ名され、ローマを追放された七代ローマ王。エトルリア人。
 ・ セクストゥス
   ルキウス・タルクィニウスの息子の一人。彼の行動が市民の怒りを買い、
   一族を追放へと導く事となった。第一次ラテン戦争の決戦地、レギルス
   湖畔の戦いにおいて一軍を率いてローマ軍と相対するが、敗退する。
 ・ アウルス・ポストゥミウス・アルブス
   第一次ラテン戦争時、独裁官に任じられた。レギルス湖畔の戦いに
  勝利したあと、ローマにて凱旋式を挙げ、レギッレンシスの尊称を得た。
 ・ ティトゥス・アエブティウス・エルウァ
   独裁官に任じられたポストゥミウスの補佐官職である騎兵長官に
   任じられた。
   レギルス湖畔の戦いの最中、胸に重症を負うが、生還。ポストゥミウスと
   共にローマで凱旋式を挙げる。

第1章:シチリア騒乱 第5話

Author: 遼進 /

 ローマは共和制へと移行した。
 共和制となったローマの統治機構は、大きく改革されることとなったが、基本ともいえる元老院と市民集会の在りようは変わらなかった。ただ、元老院は権威を強化するため、元老院議員を二百名から三百名に増員し、新興勢力の有力な家門の長が任命された。市民集会では、市民が選出するのは王ではなく、執政官となったことである。
 ローマ市民は、一人の権力者に人生の大半を振り回されることに嫌気がさしていたのだろう。専横を抑止するため、執政官は2名とされ、その任期もわずか1年とされた。
 市民集会によって選出された2名の執政官は、元老院の助言を得て1年の任期の間、ローマの施政を執り行う。戦争の場合には、執政官がそれぞれ軍の指揮官となって戦った。

 こうして新しい衣を纏って生まれ変わったローマは、新たな未来に向かって進み始めるのだが、その行く末は順風満帆とはいえなかった。
 共和制が成立した時点で、いくつかの大きな難題が表面化したのだ。
 国内に目を向けると、ローマの国力が一時的な衰退期に入ってしまっていた。エトルリア人であったタルクィニウス王を追放したことで、ローマ国内の技術力を支えていたエトルリア人勢力が減衰してしまった事が直接的に影響したのだ。
 国力の衰退は、近隣諸国との同盟「ラテン同盟」にも亀裂を与える。その力で持って盟主の座を占めていたローマの衰えに、同盟諸国はその野心を隠さなかったことで国外の情勢はきな臭くなった。さらに、北方のエトルリア人都市国家郡との対立が明確化してしまう。
 また、積極的にローマを狙う勢力も存在していた。追放されたタルクィニウス王は、エトルリア都市国家の後押しを得て、ローマ王への復権を狙っていたのだ。

■用語
 ・共和制ローマ
  紀元前509年のタルクィニウス王追放により成立。イタリア中部の都市国家
  から始まり、次第に周囲をローマ化して拡大していく。
 ・執政官(コンスル)
  共和制ローマの元首。市民集会によって2名が選出される。平時は内政の
  最高責任者として政務を行い、戦時は軍団の最高指揮官として軍務を
  掌握し、戦場においても直接指揮を執った。
 ・元老院
  執政官の諮問機関として、ローマ建国時からの名家や有力者の家長により
  構成される。当初は100名であったが、王政期間中に200名に増員され、
  共和制開始時に300名となった。実際は、外交や財政などの決定権を
  掌握しており、実質的な統治機関として存在した。

第1章:シチリア騒乱 第4話

Author: 遼進 /

 タルクィニウスはローマ内の一部エトルリア人勢力を味方につけると、王の正装を身にまとって、武装した兵と共に元老院へ白昼乗り込み、現王セルヴィウスの出自を激しく非難した。六代王セルヴィウスは、五代王タルクィニウスの養子となる前は元奴隷であったとの噂があり、身分卑しい出自の定まらぬ者が王位にあることを切り口に、その在位を否定したのだ。
 元老院が混乱する中、変事を聞きつけたセルヴィウス王が元老院へ到着する。今や老いた養父を目にしたタルクィニウスは、彼を抱え上げると元老院の外へ向かい、路上へと叩き落とす。その権力への強烈な欲求をまざまざと見せ付けられた元老院議員たちは老王を助けることもせずに震え上がっているばかりであった。
 路上へ投げ捨てられたセルヴィウス王は、何とか身体を起こして、今や逆賊となった娘婿のいる元老院内へ向かおうとしたが、その背から剣に貫かれて崩れ落ちる。タルクィニウスの雇っていた暗殺者は、絶好の機会を見過ごすことなく役目を果たすと、そのまま姿をくらます。

 かくして、タルクィニウスはローマ王の座に着いた。市民集会での承認を得ず、元老院の協力も求めず。

 彼は先王の葬儀を禁じ、先王派の元老院議員を殺し、その施政において市民集会の声を聞かず、元老院に助言を求めることをしなかった。歴代のローマ王には無かったその傲慢さからか、次第に市民から「傲慢王タルクィニウス」と呼ばれ恐れられていくのだが、軍事的才能においては、過去のローマ王に比類するものがあった。
 傲慢王は、周辺のラテン諸国との同盟「ラテン同盟」を、同盟諸国間で対等であった関係から、恫喝と交渉を巧みに使ってローマを盟主とする内容へ変質させることに成功する。また、大規模なインフラ工事と外征により、ローマをさらに発展させていく。しかし、その負担が内政において圧制となって市民を虐げ、ローマ内部の不満という圧力は次第に高まっていくこととなった。
 そして、爆発するきっかけとなる事件が発生する。
 傲慢王の外征中、彼の息子セクストゥスが友人の妻に横恋慕し、無理やり関係を持ったのだ。彼女は父と夫に事実を告げると、短剣を胸に突き刺して自害した。
 怒りに復讐を誓った父と夫は、亡骸をフォロ・ロマーノにある演説台へ安置すると、市民へ事の次第を涙ながらに伝え、傲慢王とその一族を痛烈に非難した。その怒りは、市民の中に燻っていた傲慢王への不満という導火線に火をつけ、一気に爆発させた。

 ローマで発生した変事を外征中に知った傲慢王は、近侍の兵だけを連れてローマへと急ぎ帰還する。だが、王の前にローマの城門は閉ざされたまま開くことは無かった。
 市民兵の弓が王たる自分に向けられたまま、ローマから追放処分とする旨を傲慢王が聞いたとき、彼は敗北したことを悟る。
 元傲慢王は、自らの家族と付き従う一部の兵をつれて、エトルリアの一都市カエレへと退去した。
 これが、ローマ王政が終焉を迎えた顛末のすべてである。

■登場人物(ローマの王たちと血族)
 ・セルヴィウス・トゥリウス
  エトルリア人。タルクィニウス・プリスコの養子でローマの六代王。
 ・ルキウス・タルクィニウス
  エトルリア人。タルクィニウス・プリスコの孫で、
  セルヴィウス・トゥリウスの娘婿。
  セルヴィウスを暗殺し、市民と元老院の承認を得ずに
  七代ローマ王となったが、最後は市民に拒絶され、追放された。
 ・セクストゥス
  ルキウス・タルクィニウスの息子の一人。彼の行動が市民の怒りを買い、
  一族を追放へと導く事となった。

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