激しい雷鳴が周囲の音を打ち消した。
閲兵中の兵団を残さず薙ぎ倒すような豪雨が、不意にパラティーノの丘の麓を泥濘へと変えていく。その泥濘に倒れ付しているロムルスは、虚ろな眼で天を仰ぎ見ていた。
刹那、漆黒の天を裂く稲妻の轟きが、ロムルスの眼に力を取り戻させる。
ロムルスは、ひと時気を失っていた間に、夢を見た気がした。
それは、奪われたレムスを取り戻してから己が成し、悔やみ続けてきた昔の事を。
悔やみはただ一点、レムスを助けられなかった事。いや違う。レムスを己の手で殺した事だ。
我が同胞と頼む軍団兵の刀剣が、己の腹を突き破り屹立する様は、嫌でもレムスの死に様をロムルスに思い出させる。
己の血統を知ったレムスは、王になることに執着した。ロムルスはそのレムスを抑えることが出来なくなり、引きずられるように仲間達と国を作った。
最初は二人が王であった。だが、レムスは近しい仲間と語り、次第に勢力を増すと、事ある毎にロムルスに反発した。
その結果、レムスとロムルスは袂を分かち、ロムルスはパラティーノの丘に、レムスは隣接するアヴェンティーノの丘に移り住む。そして、悲劇は訪れる。
レムスはロムルスを襲撃したのだ。レムスが刀剣の切っ先をロムルスにむけた時、いつかこうなるだろうと思っていたロムルスは、死を甘んじて受け入れるつもりであった。
だが、レムスの眼を見た時、ロムルスの全身を恐怖が支配する。
あの眼だった。レムスが、父アムリウスを刺し貫いた時と同じ眼。
共に育ち、分かち合ってきた己が、アムリウス如き同じにしか見られていない事にロムルスは恐怖し、絶望した。そして、不意に激怒した。
レムスの振るう刀剣を強引に奪いとったロムルスが我に返ったとき、既にレムスの腹深くに刀剣は突き立てられていた。
驚愕と運命の理不尽さを宿したレムスの眼から、次第に光が失われていく。徐々に落魄していくレムスを見つめるロムルスは、息荒くもただ、呆然と佇んでいた。
それから37年間もの間、ロムルスは王として戦い続けた。
だか、今は己が民の刃をその身に受けて、地に伏している。それは、報いであるとロムルスは感じていた。最後の瞬間に夢見た過去は、忘れかけていた罪の意識を掻き立て、全身の刀傷は贖罪の証であった。
薄れ行く贖罪と救済の祈りは、急に訪れた雷雨が引くと共に、静かに消えていった。
神話は語る。
紀元前715年、閲兵中に訪れた雷雨がやむと同時に、建国王ロムルスの姿は消えていたと。人々は、元老院によって暗殺されたとも、ロムルスは天に帰ったのだとも噂した。
それは建国王ロムルスの名を冠した国家、ローマ誕生の物語。
そして、刻は流れる・・・。
■ 登場人物
・ ロムルス
都市国家ローマの建国王。弟レムスを殺害し、唯一の王となった。
紀元前715年に死去。元老院の反ロムルス派によって
暗殺されたとの噂がある。
・ レムス
ロムルスの双子の弟。王に憧れ、あせった結果、兄によって殺された。
・ アムリウス
都市国家アルバ・ロンガの13代目の王。ロムルスとレムスの父であるが、
二人によって殺された。
ロムルスとレムスの双子に殺害された。
■ 用語
・ 都市国家ローマ
テヴィレ川中流に位置する都市国家。紀元前753年4月に建国。
建国王ロムルスの名をとってローマと名付けられた。
序章:神話と歴史は野望の結果 第7話
Author: 遼進 /序章:神話と歴史は野望の結果 第6話
Author: 遼進 / ロムルスは思索の中で一人、歩き続ける。
パラティーノの丘を囲む城壁のために切り出された岩石が、月明かりの中で深い陰影を刻む。その岩石と影が彩る道の中、一人静かに歩むその姿は孤独であることを強いられた男の、一抹の寂寥を纏っていた。
それは、三千の民を背負うことを求められた王の宿命か。
それとも、己の半身と頼んできた最愛の弟を切り捨てた罪の故か。
離れず付き従う影のごとく、陰鬱な思いがロムルスを苛み続ける。
いつ間違ったのか、如何すべきであったのかと。
血を吐くような問い掛けに答える者はない。
天空高く輝く月を見上げ、歩みを止めたロムルスに、ただ青白い光のみがふりかかっていた。
アルバ・ロンガでの戦いは、ロムルスが弟レムスを奪還し、アムリウス王を殺害することで、夜が明ける間も無く終結した。しかし、その後の統治について問題が持ち上がる。
つまり、誰が王権を掌握するのかである。
実力で己の正義を示し、血統の確かさからも、アンリ王女はロムルスにアルバ・ロンガの統治を依頼するが、ロムルスはこれを強く拒絶した。レムスもロムルスを説得したが、ロムルスはアルバ・ロンガの統治を王女アントに委ね、逃げるように軍勢を引いた。
ロムルスは怯えていたのだ。アムリウスを殺害した時のレムスの眼に宿った暗い輝きに。
しかし、アルバ・ロンガを急襲したロムルス達の勢力は、今や周辺地域に一つの勢力として認識されてしまっていた。
彼らの周囲には、彼ら以外のラテン人勢力があり、他にもエルトリア人、ギリシア人勢力が点在している。
ロムルスは仲間たちを守るため、又、レムスの強い要求から、結局自らの国を作ることになる。
ロムルスとレムスの兄弟、彼らのために集まった男たち一千、そしてその家族二千。
彼らは七つの丘に戻り、国作りを始める。
それは、ロムルスとレムスの双子に課せられた最後の試練の幕開けであり、偉大な千年帝国の最初の贄となる事を、彼らは知らなかったのだ。
■登場人物
・ロムルス
羊飼い。レムスの双子の兄で、近隣地域の羊飼いの顔役。
アルバ・ロンガ王アムリウスとシルウィアの間に生まれ、
生後間も無くテヴィレ川へ流された。
・レムス
羊飼い。ロムルスの双子の弟。
・アムリウス
都市国家アルバ・ロンガの13代目の王。
ロムルスとレムスの双子に殺害された。
・レア・シルウィア
都市国家アルバ・ロンガの12代目の王プロカスの世継ぎの王女で、
双子の兄弟ロムルスとレムスの母。
アムリウスに牢獄に閉じ込められ、獄死した。
・アント
都市国家アルバ・ロンガの13代目の王アムリウスの娘。
序章:神話と歴史は野望の結果 第5話
Author: 遼進 / ロムルスとレムスは、1日の間に己が素性を、諦めていた父母の消息を知った。母の所在もまた知り、しかし既に間に合わなかったことを知った。
混乱と激情が渦巻く二人は、遂に元凶である己が父、アルバ・ロンガ王アムリウスと対面する。
しかし、この対面は双子に何ももたらさなかった。
父王に対する慈愛はない。母姫に対する復讐の意欲もない。王女アントの言葉も、既にロムルスの心に残らなかった。
ただ、自らの半身が奪われるかも知れなかった恐怖と憤怒のみが、ロムルスの腕を動かした。
ロムルスとレムスの剣は、互いの絆を示すが如く、同時にアムリウスへ突き立てられた。
声もなく崩れ落ちる非情な父王の姿もまた、ロムルスにはどうでもよかった。ただ、無事に取り戻すことのできた半身、弟レムスの存在だけが、喜びと安堵をもたらした。
この時点で双子の運命は定まったのかも知れない。
軍神マールスの生贄として捧げられた犠牲は、少なかったのだろうか。
今でもロムルスは忘れることが出来ない。父アムリウスの崩れ落ちる、その姿を見下ろすレムスの姿を。レムスの眼に宿った、妖しい光を。今まで見たこともない表情で、己が半身は、兄たるロムルスにいった言葉を。
「これで俺たちは、王になる。そうだよね、兄さん」
■登場人物
・ロムルス
羊飼い。レムスと双子の兄。近隣地域の羊飼いの顔役。
アルバ・ロンガ王アムリウスとシルウィアの間に生まれ、
生後間も無くテヴィレ川へ流された。
・レムス
羊飼い。ロムルスの双子の弟。
・アムリウス
都市国家アルバ・ロンガの13代目の王。
・レア・シルウィア
都市国家アルバ・ロンガの12代目の王プロカスの世継ぎの王女。
双子の兄弟ロムルスとレムスを産み落とすが、アムリウス王に奪われ、
テヴィレ川に捨てられた。
・アント
都市国家アルバ・ロンガの13代目の王アムリウスの娘。
■用語
・都市国家アルバ・ロンガ
テヴィレ川上流に位置するアルバーノ山地に位置する都市国家。
テヴィレ河口より南東約30kmの位置する湖のほとりに建国された。
アムリウス王は13代目。
序章:神話と歴史は野望の結果 第4話
Author: 遼進 / そして季節は一巡する。
今や三千に達する人々がロムルスを王と仰ぎ、付き従っている。
若干18歳にして王となったロムルスは、彼を仰ぐ羊飼いと近隣諸族のラテン人たちと共にパラティーノの丘を故郷と定め、城壁を建設していた。
深更、建設中の城壁にロムルスは一人佇み、市内を見下ろす。
孤独の王を照らす月光は、ただ青く、そして冷たい。
「俺は、間違えたのだろうか」
その想いは、都市アルバ・ロンガに私兵でもって侵攻した時からロムルスの心に宿り、ラテン人の王となってからは、常に心を侵食している。
答えは出ていた。俺は間違ったのだと。
何が正解だったのだろう。
どうしたら間違えなかったのだろう。
振り返りって思うのは、ただ尽きぬ後悔ばかり。
あの日、ロムルスを先頭にした一千の軍勢は、終結した際の勢いそのままにアルバ・ロンガへ迫った。ロムルス一人による懇願ならともかく、軍勢による即日の襲撃はアムリウス王も想定していなかったのか、城門でのアルバ・ロンガ兵の抵抗は弱く、小競り合い程度の戦闘で城門を奪うと、軍勢は市内へ突入する。
レムスの所在は直ぐに判明した。アルバ・ロンガの王女アントが、レムスの幽閉された牢獄の場所をロムルスにもたらしたのだ。
双子にとって腹違いの姉となるアント王女は、レムスの居場所を伝えるだけに留まらず、母たるレア・シルウィアもまた同じ牢獄にいる事を伝えると、ロムルスに懇願した。父王の命だけは許してほしいと。
ロムルスは月明かりの中で目を細め、冷たく輝く星を見上げる。
あの時、ロムルスは結果として王女アントの願いを無視することになった。
牢獄の中で再会し、状況を理解したレムスと二人が向かったのは、自分達にはいないと諦めていた母、シルウィアのもとであった。
母の捕らえられた扉の前で息荒く、そして震えの止まらぬ身体を無理に抑えながらも、二人は立ちすくむ。意を決したレムスが鍵を開け、ゆっくりと扉を開け放つ。
しかし、二人が見たのは朽ち落ちた骸のみ。既に獄死した、母と思われる残骸だけであった。
■登場人物
・ロムルス
羊飼い。レムスと双子の兄。近隣地域の羊飼いの顔役。
アルバ・ロンガ王アムリウスとシルウィアの間に生まれ、
生後間も無くテヴィレ川へ流された。
・レムス
羊飼い。ロムルスの双子の弟。
・レア・シルウィア
都市国家アルバ・ロンガの12代目の王プロカスの世継ぎの王女。
双子の兄弟ロムルス
とレムスを産み落とすが、アムリウス王に奪われ、
テヴィレ川に捨てられた。
・アント
都市国家アルバ・ロンガの13代目の王アムリウスの娘。
■用語
・都市国家アルバ・ロンガ
テヴィレ川上流に位置するアルバーノ山地に位置する都市国家。
テヴィレ河口より南東約30kmの位置する湖のほとりに建国された。
アムリウス王は13代目。