序章:神話と歴史は野望の結果 第7話

Author: 遼進 /

 激しい雷鳴が周囲の音を打ち消した。
 閲兵中の兵団を残さず薙ぎ倒すような豪雨が、不意にパラティーノの丘の麓を泥濘へと変えていく。その泥濘に倒れ付しているロムルスは、虚ろな眼で天を仰ぎ見ていた。
 刹那、漆黒の天を裂く稲妻の轟きが、ロムルスの眼に力を取り戻させる。
 ロムルスは、ひと時気を失っていた間に、夢を見た気がした。
 それは、奪われたレムスを取り戻してから己が成し、悔やみ続けてきた昔の事を。
 悔やみはただ一点、レムスを助けられなかった事。いや違う。レムスを己の手で殺した事だ。
 我が同胞と頼む軍団兵の刀剣が、己の腹を突き破り屹立する様は、嫌でもレムスの死に様をロムルスに思い出させる。


 己の血統を知ったレムスは、王になることに執着した。ロムルスはそのレムスを抑えることが出来なくなり、引きずられるように仲間達と国を作った。
 最初は二人が王であった。だが、レムスは近しい仲間と語り、次第に勢力を増すと、事ある毎にロムルスに反発した。
 その結果、レムスとロムルスは袂を分かち、ロムルスはパラティーノの丘に、レムスは隣接するアヴェンティーノの丘に移り住む。そして、悲劇は訪れる。
 レムスはロムルスを襲撃したのだ。レムスが刀剣の切っ先をロムルスにむけた時、いつかこうなるだろうと思っていたロムルスは、死を甘んじて受け入れるつもりであった。
 だが、レムスの眼を見た時、ロムルスの全身を恐怖が支配する。
 あの眼だった。レムスが、父アムリウスを刺し貫いた時と同じ眼。
 共に育ち、分かち合ってきた己が、アムリウス如き同じにしか見られていない事にロムルスは恐怖し、絶望した。そして、不意に激怒した。
 レムスの振るう刀剣を強引に奪いとったロムルスが我に返ったとき、既にレムスの腹深くに刀剣は突き立てられていた。
 驚愕と運命の理不尽さを宿したレムスの眼から、次第に光が失われていく。徐々に落魄していくレムスを見つめるロムルスは、息荒くもただ、呆然と佇んでいた。


 それから37年間もの間、ロムルスは王として戦い続けた。
 だか、今は己が民の刃をその身に受けて、地に伏している。それは、報いであるとロムルスは感じていた。最後の瞬間に夢見た過去は、忘れかけていた罪の意識を掻き立て、全身の刀傷は贖罪の証であった。
 薄れ行く贖罪と救済の祈りは、急に訪れた雷雨が引くと共に、静かに消えていった。


 神話は語る。
 紀元前715年、閲兵中に訪れた雷雨がやむと同時に、建国王ロムルスの姿は消えていたと。人々は、元老院によって暗殺されたとも、ロムルスは天に帰ったのだとも噂した。
 それは建国王ロムルスの名を冠した国家、ローマ誕生の物語。
 

 そして、刻は流れる・・・。
 

■ 登場人物
 ・ ロムルス
  都市国家ローマの建国王。弟レムスを殺害し、唯一の王となった。

  紀元前715年に死去。元老院の反ロムルス派によって
  暗殺されたとの噂がある。
 ・ レムス
  ロムルスの双子の弟。王に憧れ、あせった結果、兄によって殺された。
 ・ アムリウス
  都市国家アルバ・ロンガの13代目の王。ロムルスとレムスの父であるが、

  二人によって殺された。
  ロムルスとレムスの双子に殺害された。


■ 用語
 ・ 都市国家ローマ
  テヴィレ川中流に位置する都市国家。紀元前753年4月に建国。

  建国王ロムルスの名をとってローマと名付けられた。

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