第1章:シチリア騒乱 第7話

Author: 遼進 /

 シチリア島。
 古代地中海世界におけるこの島は、マグナ・グラエキアを構成するギリシア系植民都市国家郡が古くから形成され、穏やかな気候により育まれる豊かな農作物と海上交易の中継点としてだけでなく、ギリシア文化がいち早く花開いた地域でもある。
 それゆえに、各諸勢力に狙われた地域でもある。
 地中海を我が海として闊歩する海洋貿易国家カルタゴも、シチリア島への影響力拡大を狙って何度も争ってきた。
 紀元前265年、シチリア島南東に位置する都市国家シラクサの僭主ヒエロン2世は、長年の間悩まされていた事案に値する決断を下す。それは、ヒエロン2世の思惑を超えてシラクサの命運だけでなく、シリチア島すべての都市国家を生贄として、より大きな争いを呼び込む事となる。
 シチリア島への野心を隠さず、強大な海軍力を持って地中海を席捲するフェニキア人の大国カルタゴと、イタリア半島を制覇し、強大化しつつあるラテン人の共和制ローマ。この二国の激突は、今や目前に迫っていた。

 シラクサの僭主ヒエロン2世は、議会場に呼び集めた廷臣達を前に宣言した。
 「マメルティニの奴らの略奪行為は、もう看過することが出来ない。一戦して追い払うだけではなく、メッシーナを奪うぞ」
 傭兵団マメルティニ。
 彼らはイタリア半島のカンパニア人達で結成された傭兵団であった。もともとシラクサの前領主であったアガトクレスに雇われていたのだが、紀元前289年にアガトクレスが病没すると、時のシラクサ政府により解雇されていた。
 シラクサの尖兵として己が血を流してきたマメルティニの傭兵たちは、シラクサ政府の扱いに激怒した。シラクサから退去させられたマメルティニは、シラクサ近郊を略奪しながらシチリア北東部へ移動し、都市メッシーナを襲撃する。
 怒り狂った傭兵団マメルティニによるメッシーナ襲撃は、悲惨の一言であった。
 傭兵たちはメッシーナを包囲して降伏させた後、恭順を示しに現れたメッシーナの有力議員らに宣言する。
 「成人した男をすべて集めよ」
 程なくして都市の郊外に集められた男たちは、二度と愛する家族や恋人の下に帰ってこなかった。すべて傭兵たちによって惨殺されたのだった。
 しかし、これは悲劇という名の舞台の幕を開ける角笛が鳴らされたに過ぎなかった。血に狂った傭兵たちは、そのままメッシーナ市街に乱入し、欲の欲するままに蹂躙する。
 かくして都市メッシーナは傭兵団マメルティニによって武力制圧された。以後、周辺地域はマメルティニの手によって有らされる事となった。シラクサ政府によって裏切られた彼らの報復は、ここから始まったのだ。

■ 用語
 ・ 傭兵団マメルティニ
  イタリア半島のカンパニア人によって結成された傭兵団。シラクサの
  前僭主アガトクレスによって雇用されたが、彼の病死後にシラクサ政
  府によって解雇された。
 ・ シラクサ
  シチリア島南東部に位置する都市国家。
 ・ 僭主
  本来の皇統、王統の血筋によらず、実力により君主の座を簒奪し、
  身分を超えて君主となる者を指す。

■ 登場人物
 ・ ヒエロン2世
  シラクサの僭主。もともとはシチリアを侵略しにきたマケドニア王
  ピュロスの将軍であったが、ピュロス王のシチリア退去時にシラクサ
  市民から請われ、ピュロス王の了承のもとでシラクサに残留した。
  後にシラクサの有力者の娘を娶り、その勢力地盤を固め、市民の
  承認を得て僭主となった。
 ・ アガトクレス
  都市国家シラクサの前領主。紀元前289年の病床において、息子への
  後継を拒否したため、彼の死後に後継者争いが発生した。
  その隙は、シチリア島への野心を持つカルタゴに利用され、シチリア島
  に対するカルタゴの支配力を強めてしまった。

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