第2章:第一次ポエニ戦争 第4話

Author: 遼進 /

 傭兵団マメルティニの要請を受けてシチリアへ出兵し、都市メッシーナと同盟、ローマの保護下とするか。または要請を拒むのか。アッピウス・クラウディウス・カウデクスの提案は、この決断をローマ市民に委ねよと言っている。
 その意味を飲み込んだ元老議員達は、苦々しい思いを顔に出さずにはいられなかった様だ。
 「それは、ローマが建国されて以来、初めてのことであるな。前例がないからとは言わぬが、我ら元老院の無能さを示すことには違いあるまいて」
 大半が感じた思いを、老議員が口にした。
 「故に市民に問うわけだ。市民とて異例のことゆえに騒ぎもしようが、何も元老院の怠慢、無能をあげつらう事はせぬよ」
 アッピウスの容赦ない回答に、正面きって反論する元老院議員はいなかった。

 そもそも市民集会では、元老院や執政官の提示した事案に対する承認を行っている。つまり、法案を「承認する」か「承認しない」かを決定する場であった。そこに、「出兵する」か「出兵しない」かの判断を託そうとしているのである。
 その結果は正しくローマの利益となりうるのか。その点を問題とする議員もいたが、元老院が正しい結論を出せぬ以上、ただの戯言でしかなかった。

 元老院議会は傭兵団マメルティニ支援の判断を、市民集会へ託すことに決定した。

 元老院議事堂から帰宅したアッピウスは、父ガイウス・クラウディウス・ケントの姿を見かけると迫力のある笑みを浮かべた。
 「戦争をするぞ、父上」
 「話は聞いておるよ。出兵するか否かは市民集会で決めるのであろう? まだ判らぬのではないか」
 「市民集会は出兵することを選択するに間違いないさ。俺も手を尽くすが、市民は、窮地に追い込まれた人々を見捨てる決断をするわけなかろう。民とは、そういうものだろう」
 「物事の表面だけ見れば、そうだろうな。だが、将来を考えてもカルタゴにシチリアを奪われてはならぬ。無理をしても出兵すべきであろうな」
 解放奴隷が差し出す杯を受け取ると、アッピウスは並々と注がれたワインを飲み干す。
 「俺は来年の執政官として、軍団を率いてシチリアへ行くよ。その為に、市民集会を利用する」
 次の市民集会は、来年の執政官を決定する場でもあった。もともと有力な候補ではあったアッピウスであったが、窮地に追い込まれたマメルティニを出汁に使い、市民集会における評判を確固たるものにするべく政治利用したのだった。

■登場人物
 ・執政官ゲルグス
  紀元前265年当時の執政官の一人。フルネームはクィントゥス・ファビウス・マクシムス・グルゲス。
 ・アッピウス・クラウディウス・カウデクス
  ローマ貴族の名門、クラウディウス一門の直系。紀元前265年当時、翌年の執政官の座を狙って活動していた。
 ・ガイウス・クラウディウス・ケント
  アッピウスの父。
■用語
 ・傭兵団マメルティニ
  イタリア半島のカンパニア人によって結成された傭兵団。シラクサ北東の都市メッシーナを拠点とし、シラクサと敵対している。
 ・シラクサ
  シチリア島南東部に位置する都市国家。
 ・都市レッジョ・ディ・カラブリア
  シチリア島メッシーナの対岸に位置する、イタリア半島の港町。紀元前270年、共和制ローマは傭兵団マメルティニと戦い、その支配権を奪った。


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